リーグの順位は関係ない。年俸の桁違いも、スタジアムの規模も、プレミアリーグの称号すらも。たった90分で、すべてが覆る舞台がある。それが、FAカップだ。
イングランドで最も長く続き、世界中のカップ戦文化の原型にもなったトーナメント。だがその本当の魅力は、歴史ではなく、“奇跡が起きる構造”にあった。
FAカップとは?──歴史と基本情報
FAカップの正式名称は「The Football Association Challenge Cup」。
1871年に創設され、世界で最も古いサッカーの大会として知られている。
主催はイングランドサッカー協会(FA)。
特徴的なのは、プロからアマチュア、トップクラブから町クラブまで、数百を超えるチームが参加できるという開放性にある。実際、イングランドの10部リーグのクラブが出場することもある。
試合形式はノックアウト方式──つまり、一発勝負。引き分けの場合はリプレイマッチが行われることもあるが、基本的には「その日、その試合で、すべてが決まる」。
このトーナメントが始まった1871年──実は日本では明治4年。鉄道が新橋〜横浜間に開通し、廃藩置県が断行され、士族から兵士への転換が起きた年だ。つまり、サッカーがイングランドで制度化された時、日本はまだ“武士”が生きていた国だったのだ。
その時代から続くトーナメント。そう考えるだけで、FAカップの歴史は言葉にできないロマンを宿している。
なぜ“魔法のカップ戦”と呼ばれるのか
FAカップには、毎年のように下剋上の物語が生まれる。
プレミアリーグの強豪が、5部や6部の無名クラブに敗れる。数千人規模のスタジアムが、世界中に中継される。“ジャイアント・キリング”という言葉が、これほど似合う大会はない。
試合に勝てば次のステージに進める。どんな小さなクラブでも、マンチェスター・ユナイテッドと戦える可能性がある。これが、他のリーグ戦や大会にはない“魔法”の正体だ。
選手にとっては一生のチャンス。サポーターにとっては、夢の時間。クラブにとっては、歴史を変える試合になる。
記憶に残る名場面・名勝負
FAカップは、その構造だけでなく、記憶に残るドラマを何度も生んできた。
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2013年:ウィガンが決勝でマンチェスター・シティを1-0で破り、クラブ史上初のFAカップ制覇。その直後に降格という悲喜劇も話題に。
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2015年:4部のブラッドフォードが、当時絶好調のチェルシーをスタンフォード・ブリッジで撃破。
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2008年:ポーツマスが優勝。その後財政破綻し、わずか数年でリーグ2(4部)まで転落した。
栄光と破滅。歓喜と涙。FAカップは、“物語のある大会”である。
FAカップの価値とは?──いま改めて考える意義
商業化が進む現代サッカーにおいて、FAカップはある種“時代に取り残された大会”のように見えることもある。だが、それでもこの大会は揺るぎない価値を持っている。
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地方クラブにとっては、資金獲得・スポンサー誘致・選手移籍のチャンス
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ビッグクラブにとっては、若手育成と“真の強さ”を試される場
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ファンにとっては、“勝ち負けだけでは測れない感情の爆発”を見る舞台
何より、FAカップはこう語っている。
「どこからでも、誰でも、夢を見ていいんだ」と。
“Money can't buy magic.”──お金では買えない魔法がある。
FAカップは、その魔法を今も守り続けている。栄光は一夜で決まる。下剋上が現実になる。大人が本気で涙する。フットボールに夢があるとすれば、それはFAカップという舞台の中にあるのかもしれない。
リーグ戦では語れない、もう一つのサッカーの本質。
それが、FAカップだ。