ボカにすべてを捧げた少年の言葉
2023年、コパ・リベルタドーレス決勝の舞台・リオ・デ・ジャネイロ。
ひとりのボカファンである少年がTVインタビューに叫んだ動画が反響を呼んだ。
彼の名は、「Benjamín Kohan」
「プレイステーションを売ってここに来た。父のバイクも売った。チケット? 持ってない。でもこれがボカだろ!」
さらに、彼は続けた。
「まずボカ、次に家族、アルゼンチン、そしてその他。ボカのためなら路上でも暮らせる。代表のW杯優勝を返してでもボカの優勝が見たい!」
この“狂気”は、瞬く間にSNSで拡散された。
だがこの物語が特別だったのは、その“狂気”がやがて、周囲の人々を動かす“善意”へと連鎖していったことである。
人気モデルパンピタの共鳴、クラブの対応──すべてはこのひとりの少年の熱から始まった。
これは、アルゼンチンという“サッカー全振り国家”が生んだ、ひとつの奇跡の記録である。
パンピタの共鳴が生んだ奇跡
この少年の叫びに心を動かされたのが、モデルであり熱狂的なボカファンでもあるカロリーナ・“パンピタ”・アルドハインだった。
彼女はInstagramでこう投稿する。
「この子とお父さんを探しています! 一緒に決勝を観戦しましょう!」
かつて10代でゴール裏に通った“元ボステーロ”としての血が騒いだのだろう。
ボステーロ(Bostero)とは:熱狂的なボカサポを指す呼称
ジャーナリストのルーカス・ベルトラモの協力を得て、彼女は無事に少年と父親を見つけ出し、チケットと移動手段を提供。こうして、少年の夢は現実となった。
これは慈善活動ではない。情熱への敬意であり、クラブ愛のバトンでもある。パンピタの投稿は「誰かが必ず見ている」ことを証明し、ファン同士の連帯が実際に社会を動かす力になった稀有な事例となった。
クラブの対応──120周年の記念に刻まれた“少年の物語”
120 años de historia. 120 años de un amor que late al ritmo de su gente 💙💛💙 pic.twitter.com/4jiWMkQXYD
— Boca Juniors (@BocaJrsOficial) June 11, 2025
決勝では惜しくもボカは敗れた(1-2)。
だが翌年、クラブ創設120周年という歴史的節目を迎えたボカ・ジュニアーズは、ある特別なCMを発表する。
アディダスとの共同制作によるこの記念CMの主役に選ばれたのは、まさにあの少年だった。彼の登場シーンでは、かつての名セリフがナレーションとして流れる。
「Por este amor, tienes que dejar todo(この愛のために、すべてを捧げろ)」
それは単なる話題性ではない。クラブは彼の行動を“120年の精神を体現した存在”として公式に讃えたのだ。
ユニフォームという伝統の象徴に、少年の情熱が込められた形である。
この対応は、ボカというクラブが「感情のクラブ」であることを世界に再確認させた。マーケティングを超えた本質的なメッセージ──「ボカとは何か」を伝えるうえで、これ以上ふさわしい起用はなかった。
“好き”があらゆる障壁を壊す――サッカーがつくる平和
@tycsports "¡BOLUDO, TODOS QUEREMOS UNA FOTO CON VOS!" Gonzalo rifó la play en la final de la Copa Libertadores 2023, se hizo viral en TyC Sports y así lo reconoce el hincha de Boca, en el banderazo de Miami el día previo al debut en el Mundial de Clubes.
♬ sonido original - TyC Sports
少年、パンピタ(女性)、ルーカス(報道)、ボカジュニアーズ──国籍も立場も年齢も違う人たちが、ひとつの物語でつながっている。
それは「好き」というたった一つの感情によってだ。
“好き”は、分断や立場を軽々と飛び越える。
貧富、性別、国境、言語、宗教──それらはこのスポーツの前では意味を持たない。
ピッチに立つ22人は、毎試合「多様性の共存モデル」を実演している。
ボカ少年の物語は、世界を変えたわけではない。
だが、信じるに足る希望の最小単位として、
世界中の人たちの胸に深く突き刺さった。
最後に
プレイステーションとバイクを売った少年は、実は何ひとつ失っていない。
彼が得たのは、情熱を媒介として世界とつながる自分というかけがえのない誇りだった。
パンピタはその行動で名声の意味を変え、クラブはその対応で“ブランド”の定義を更新した。ファンは共鳴し、世界中の目がその一言──
「でもこれがボカだろ!」
に集まった。
ピッチの大きさは変わらない。
なのにサッカーは、その四辺を越えて、地球規模の感情を編み続ける。
好きが世界を救う。
まだ青写真かもしれない。
それでもいつかサッカーは世界を救う。