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美しくなければ、Footballじゃない

嫌われた英雄、ルカク。彼がクラブへの忠誠よりも「救済」を選ぶ理由

移籍市場が開くたび、ある男の名がメディアを騒がせる。
ロメル・ルカク

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巨額の移籍金、クラブを渡り歩くキャリア──その姿は時に「傭兵」と揶揄され、サポーターからは忠誠心の欠如を問われることも少なくない。

なぜ、彼は一つの場所に留まらないのか。
なぜ、ファンの求める「ロマン」に応えようとしないのか。

その答えは、彼がトッププレーヤーになるずっと前、ベルギーの慎ましい食卓で交わされた、声なき会話の中に隠されている。

これは、フットボールの英雄が、クラブへの忠誠よりも遥かに重い誓いを胸に戦い続ける物語である。

1. 水で薄められた牛乳──少年が神に誓った日

全ての物語には、原点となる風景がある。
ルカクにとって、それは台所の光景だった。

幼い頃の話だがある日、学校から帰宅し、いつもの食事パン一切れと一杯の牛乳が置かれたテーブルに座ったんだ。
その日、母が家族全員に行き渡るよう、こっそり牛乳に水を混ぜて量を増やしていたことに気づいてしまった。
僕は何も言わず、そのまま遊びに出かけたよ…

少年が気づいてしまったのは、ただの貧しさではなかった。
それは、愛する母が子の栄養のために、尊厳を削ってまで捻出する「愛の痛み」だった。
彼はのちに、当時の状況をこう語っている。

成長するにつれて、12歳の頃には、両親の状況を理解した。
何度も彼らは『もう食べたから大丈夫よ…』と言っていたけど、それが嘘だと分かっていた。
私や兄弟に食べさせるために心配させないように、そう言ってくれていたんだ。
僕たちは貧しいというより、すでに破滅していた。

「破滅」という言葉の重み。
その日から、フットボールは遊びではなくなった。
それは、家族を、母の尊厳を救い出すための、唯一の道となったのだ。

2. 「ゴールは、飢えを終わらせる唯一の方法だった」

夢を語るには、現実が過酷すぎた。
ルカクは父に尋ねる。それは、未来への問いではなく、期限の確認だった。

私の唯一の夢は、父と同じフットボール選手になって家族を貧困から救い出すことだった。
若い頃の私はそれ以外の道を知らなかった。
父に『何歳でプロになれる?』と尋ねると、彼は『16歳だ』と答えた。
だから私は、16歳でプロになることを決意した。

16歳。それが、家族を救うためのタイムリミット。
もはや一刻の猶予もない。その執念は、ピッチでの振る舞いをも変えた。
ベンチに置かれそうになった彼は、コーチにこう宣言する。

時間がない私は、

『プレーさせてくれるなら、あなたが望むだけのゴールを、全て決めてきます』と宣言し、出してもらった。

その言葉は、虚勢ではなかった。
約束であり、未来を引き寄せるための祈りだった。
結果は、歴史が証明している。

その年、私は34試合で76ゴールを決めた。
そしては私は16歳で、トップリーグにデビューした。

彼にとってゴールとは、スコアボードの数字ではない。
飢えを終わらせるための唯一の方法であり、
それしか少年にできることがなかった。

3. 忠誠というロマン、救済という現実

プロになった彼は、約束通り家族を貧困から救い出した。
物語はここで終わっても、美談として成立しただろう。
しかし、彼の戦いは終わらなかった。

むしろ、ここからが本番だった。

サポーターは、クラブのエンブレムに口づけし、忠誠を誓う英雄の物語を愛する。
それは美しく、胸を熱くさせる「ロマン」だ。

だが、ルカクの目には、そのロマンの向こうに、より切実な「現実」が見えていた。

 

彼が稼ぐ1ユーロは、彼だけのものではない。
それは、かつての自分と同じように、静かに飢えと戦うどこかの誰かのための「命の資金」となり得る。


高額な移籍金、より良い報酬──それは、彼が救える命の数を増やすための、最も効率的な手段だった。

 

彼が選んだのは、一つのクラブの英雄として歴史に名を刻む道ではなかった。
チームメイトとの友情よりも、サポーターのロマンよりも、自分と同じように困っている人々を助ける道を選んだのだ。


それは、水で薄められた牛乳を前にした、あの日の少年が立てた、神聖な誓いだった。

4. 富の再分配──ピッチの外での、もう一つの戦い

世間が彼を「傭兵」と呼んでいるその裏でも、

ピッチの外で、もっと大きな戦いを繰り広げている。
彼がクラブを渡り歩き、高額な報酬を得るその行動は、単なる自己の欲望ではない。
それは、貧困に苦しむ人々や社会的な困難に直面する人々を救うための、壮大な「富の再分配プロジェクト」なのだ。

彼がこれまでに自らの富を投じて行ってきた活動の一部を、ここに列挙する。

ベルギー代表50ゴール達成記念の5000枚チケット寄付

ベルギー代表で歴史的快挙を達成した際、その偉業を祝う代わりに、病気と闘う子供たちや低所得者層の人々をスタジアムに招待するため、5000枚もの観戦チケットをがん支援団体「Kom op tegen Kanker」と糖尿病協会「Diabetes Liga」に寄贈した。これは、単なる寄付ではなく、子供たちに夢と希望を与える「体験の寄付」である。

COVID-19パンデミックへの緊急支援

世界が未曾有の危機に直面した際、ルカクは自身の名を伏せながらも迅速に支援に立ち上がった。具体的には、母国ベルギーの病院への医療物資の提供、そして生活に困窮する家庭への食料提供など、パンデミックの影響を最も受ける人々へのサポートを惜しまなかった。彼の活動は、特に弱者を守るためのものであった。

試合中の罰金を慈善団体へ

試合中に受けたペナルティで科された罰金までも、彼はためらうことなく慈善団体へ寄付している。自身の過ちを、社会貢献へと転換させるその姿勢は、まさに「ピッチの外でのゴール」と言えるだろう。

故郷コンゴ民主共和国への継続的な支援

自身のルーツであるコンゴの貧困問題に深く心を痛め、教育や医療、生活インフラの改善に向けた継続的な支援を行っている。特に、学校建設や医療施設の整備といった、長期的な視点でのプロジェクトに深く関与しており、遠く離れた故郷の発展に大きく貢献している。

ベルギー国内の地域社会への貢献

育ったベルギー国内の恵まれない地域や青少年向けのフットボールプログラムへの投資も欠かさない。自身が貧困から抜け出した経験があるからこそ、次世代の才能に光を当てることの重要性を理解しており、ユースチームへの用具寄付やトレーニング施設の支援などを行っている。

人種差別撲滅への活動と資金提供

フットボール界に根強く残る人種差別問題に対し、声を上げ、その撲滅に向けたキャンペーンや関連団体への支援を積極的に行っている。これは、差別という見えない壁と戦う人々への、力強い連帯のメッセージである。

「今日、私が多くの慈善活動を行うのは、貧困が人類にとって最大級の災いだと知っているからです」──この言葉は、彼の全ての行動の根底にある。
ルカクが稼ぐ1ユーロは、クラブの会計に収まるだけでなく、世界のどこかで誰かの命を救い、希望を育む力へと変わっている。
彼が望むのは、我々の「忠誠」ではない。彼の選択を理解し、その行動の真意を知ること。それこそが、彼にとっての本当の評価なのかもしれない。

結び──物語が英雄をつくる

フットボールの世界は、無数の物語でできている。
一つのクラブに生涯を捧げるバンディエラの物語。
劇的な逆転勝利で栄光を掴む物語。
それらは全て、我々の心を捉えて離さない。

ロメル・ルカクが紡ぐのは、また別の英雄の物語だ。
それは、クラブへの忠誠ではなく、人類への愛に根差した物語。
過去の痛みを、未来の希望へと変えるための、孤独な戦いの記録である。

彼が蹴るボールの先に見えているのは、ゴールネットの揺らめきだけではない。
その向こうにある、誰かの笑顔であり、温かい食卓であり、水で薄められていない、一杯の牛乳なのだ。

我々は、その気高い選択を、ただ見届けることしかできない。

 

詳しくは、本人談をどうぞ。

https://www.theplayerstribune.com/articles/romelu-lukaku-ive-got-some-things-to-say