
バロンドールの選出方法とは?──「世界一」を決める投票の仕組みと3つの審査基準

毎年秋、パリのシャトレ座に世界中の視線が注がれる夜がある。フットボール界で最も権威ある個人賞、「バロンドール(黄金の球)」の授賞式だ。
黄金に輝く球体のトロフィーを掲げることは、すべてのプロサッカー選手にとって究極の夢であり、フットボールの歴史に自らの名を永遠に刻むことを意味する。
しかし、これほどまでに知名度が高く、毎年のように世界中で激しい議論を巻き起こす賞でありながら、「一体誰が、どのような基準で、どうやって選んでいるのか」という具体的な仕組みまで正確に把握しているファンは意外と少ない。
なぜ、ある年はタイトルを総なめにした選手が選ばれ、別の年は個人の圧倒的な数字を残した選手が選ばれるのか。なぜ、フォワードばかりが脚光を浴び、ゴールキーパーやディフェンダーはこれほどまでに受賞から遠ざかっているのか。
すべての答えは、バロンドールが歩んできた歴史と、近年断行された「選出ルールの大改定」の中にある。世界一を決める投票システムの裏側と、審査員たちに課された3つの絶対基準を紐解いていく。
1956年から続く最高峰の権威──「欧州限定」から真の世界一へ
バロンドールの起源は1956年に遡る。フランスの権威ある専門誌『フランス・フットボール(France Football)』の編集長であり、現在のUEFAチャンピオンズリーグにあたる「UEFAチャンピオンズカップ」の創設提唱者でもあったガブリエル・アノが、同僚記者たちに「ヨーロッパで最も優れた選手を投票で選ぼう」と持ちかけたのが始まりだった。
この成り立ちからも分かる通り、創設当初のバロンドールは「ヨーロッパ国籍の選手」だけを対象とした欧州最優秀選手賞であった。サッカーの王様と呼ばれるペレ(ブラジル)や、神の子ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)が現役時代に一度もバロンドールを受賞していないのは、実力の問題ではなく、そもそも選考対象外だったからである。
時代の変化とともに、バロンドールは段階的にその門戸を広げていく。
1995年の第1次開放(欧州クラブ所属の全選手へ)
国籍の制限が撤廃され、「ヨーロッパのクラブでプレーするすべての選手」が対象となった。この改正の初年度に、ACミランで活躍したリベリア代表FWジョージ・ウェアが非ヨーロッパ勢として史上初の栄冠を手にしている。2007年の完全開放(世界中の全選手へ)
所属クラブの地域制限も完全になくなり、世界中のあらゆるプロサッカー選手が対象となった。名実ともに「世界一の選手を決める賞」へと生まれ変わった瞬間だ。2010年〜2015年の「FIFAバロンドール」時代と再分離
2010年には国際サッカー連盟(FIFA)の年間最優秀選手賞と統合され、「FIFAバロンドール」として6年間開催された。しかし2016年に提携を解消し、再び『フランス・フットボール』誌による単独開催へと回帰している。さらに2024年からは欧州サッカー連盟(UEFA)が共同主催者として参画し、伝統の投票システムを守りながらも世界的な祭典としての規模を一段と拡大させた。
70年近い歳月の中で、欧州の小さな記者投票から始まった賞は、フットボール界で唯一無二の最高権威へと登り詰めたのである。
誰が、どうやって選ぶのか?──100か国の記者投票とポイント集計の仕組み
バロンドールの選出プロセスは、密室の談合ではなく、極めて明快な3段階のステップで構成されている。

1. 候補者30名のノミネート
まず授賞式の約2か月前に、『フランス・フットボール』および同じメディアグループである『レキップ』誌の編集部、さらに元受賞者などのアンバサダーらが議論を重ね、そのシーズンに傑出した活躍を見せた男子30名(女子も30名)の最終候補リストを選定・公表する。
2. 投票権を持つ「100人」のジャーナリスト
ノミネートされた30名の中から受賞者を選ぶのは、最新のFIFAランキング上位100か国から、各国1名ずつ指名された計100人のサッカージャーナリストだ(女子部門は上位50か国から各1名)。日本からも長年、著名なサッカージャーナリストや専門誌の編集長が代表投票者として名を連ねてきた。
ここで重要なポイントが2つある。
1つ目は、「なぜ選手や監督ではなく、記者だけで選ぶのか」という点だ。FIFAが主催する「ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズ」や、かつての「FIFAバロンドール(2010〜2015年)」では、記者のほかに各国代表の監督とキャプテンにも投票権が与えられていた。しかし、現役の監督や選手が投票すると、どうしても同じ代表チームの仲間や所属クラブの同僚に票を入れる「組織票・身内票」や、知名度による人気投票に偏りやすいという弱点があった。そのためバロンドールは、ピッチを客観的に見つめるジャーナリストのみに投票権を限定する伝統を貫いている。
2つ目は、「なぜFIFAランキング上位100か国に絞られているのか」という点である。2021年以前は世界約170か国の記者に投票権が配られていた。だが、サッカー後進国の中には欧州の主要リーグや国際大会を日常的に視聴できる放送環境が整っていない国もあり、結果として「誰もが知るスーパースターの名前を惰性で書くだけ」の票が混ざる問題が指摘されていた。そこで2022年の制度改定により、高い専門性と取材環境が担保される上位100か国へと投票枠が厳選されたのだ。
3. 順位付けとポイント合算方式
100人の記者は、候補者30名の中から自らが最もふさわしいと考える選手を順位付けして投票する。各順位にはあらかじめ定められた傾斜ポイント(長年採用されてきた上位5名への「6・4・3・2・1点」方式から、近年は票の分散と多面的な評価を促すため上位10名への「15・12・10・8・7・5・4・3・2・1点」方式へと拡張)が付与され、全100人の合計ポイントが最も高かった選手がバロンドールを受賞する。
万が一、合計ポイントが並んだ場合は「1位票を多く獲得した選手」、それでも同数なら「2位票の数」という順序で決着がつく。さらに授賞式の終了後には、「どの国のどの記者が、誰に何位で投票したか」という全内訳が実名で公開される。自らの見識が世界中のファンに晒されるため、投票者には極めて高い緊張感と説明責任が課される仕組みとなっている。
何を基準に評価されるのか?──2022年大改定で明文化された「3つの絶対基準」
100人の記者が投票する際、各自の単なる好みで選んでいいわけではない。主催者である『フランス・フットボール』は、投票にあたって遵守すべき審査基準を明確に定めている。

特に決定的な転換点となったのが、2022年に断行されたルール大改定だ。それまでの曖昧さを排除し、現在は明確な優先順位がついた「3つの審査基準」が設けられている。
【第1基準(最優先)】個人のパフォーマンス、決定力、および印象的な活躍
何よりもまず最優先されるのが、選手個人の圧倒的な輝きだ。バロンドールはあくまで「個人賞」であるという大原則がここに示されている。ゴール数やアシスト数といったスタッツだけでなく、ビッグマッチで試合の行方を決定づけるプレーを見せたか、ピッチ上で観る者を震撼させるほどの支配力を発揮したかが最も重く問われる。【第2基準】所属クラブおよび代表チームでの集団的実績と獲得タイトル
2番目に評価されるのが、チームの勝利への貢献度と獲得したトロフィーだ。どれほど個人技が優れていても、それがチームの勝利に結びつかなければ最高評価は得られない。UEFAチャンピオンズリーグや国内リーグ、さらに開催年であればワールドカップやEURO、コパ・アメリカといった主要国際大会でチームを頂点へ導いた実績が、第1基準を補強する強力な要素となる。【第3基準】選手のクラス感とフェアプレー精神
3つ目の基準は、ピッチ内外における品格とスポーツマンシップである。バロンドール受賞者は世界中の子どもたちやフットボールファンの模範となる存在でなければならない。悪質なファウルや審判への侮辱、スポーツマンシップに反する振る舞いによる長期出場停止などは、明確なマイナス評価の対象となる。
さらにこの2022年改定では、もう2つの極めて重要なルール変更が行われた。
ひとつは、「評価対象期間のシーズン制への移行」だ。2021年までは「1月〜12月の1年間(カレンダーイヤー)」が対象だったが、現在はヨーロッパのシーズンカレンダーに完全準拠した「8月〜翌年7月の1シーズン制」へと変更されている。これによって、2つの異なるシーズンが混在して印象がぼやける弊害がなくなり、「その1シーズンを通じて誰が最も優れていたか」がクリアに判定できるようになった。
もうひとつは、かつて審査項目に含まれていた「選手のキャリア全体の実績」という基準の完全廃止である。過去には「その年の活躍はやや物足りなくても、これまでの功績と格を考えればこの選手だろう」というネームバリュー票が少なからず存在した。この項目を明文化して削除したことで、過去の栄光は一切考慮せず、純粋に「当該シーズンのピッチ上の事実」だけで勝負するルールへと生まれ変わったのだ。
なぜFWばかりが選ばれ、毎年のように議論が巻き起こるのか
これほど緻密にルールが整備されてもなお、バロンドールには「構造的な偏り」と「終わらない論争」がつきまとう。その理由は、制度の欠陥というよりも、フットボールという競技の本質に根ざしている。

数字とハイライトの引力──GKとDFが構造的に不利な理由
歴代の受賞者リストを眺めると、その大多数をフォワード(FW)と攻撃的ミッドフィールダー(MF)が占めていることに気づく。一方で、ディフェンダー(DF)やゴールキーパー(GK)の受賞は歴史上ごくわずかしか存在しない。
理由は極めて構造的だ。第1基準である「個人の決定的なインパクト」を測る際、ストライカーには「年間50ゴール」「決勝戦での決勝点」といった、誰の目にも明らかで比較しやすい数字とハイライト映像が存在する。
それに対し、DFやGKの仕事は「失点という事象を未然に消し去ること」にある。絶妙なポジショニングでパスコースを切ってピンチを未然に防いだプレーは、スタッツにもハイライト映像にも残りにくい。さらに、チームが堅守を誇って優勝したとしても、「それはDF個人ではなくチーム全体の守備組織の成果だ」と解釈されやすく、4人のDFとGKの間で票が分散してしまう宿命を背負っているのだ。
逆風を越えて歴史に名を刻んだ守備者たち
だからこそ、その圧倒的な逆風を跳ね返して黄金の球を手にした守備者たちの名は、フットボール史において特別な輝きを放っている。

長いバロンドールの歴史において、GKとして唯一受賞を果たしたのが、1963年のレフ・ヤシン(旧ソ連)だ。全身黒ずくめのユニフォームから「黒クモ」の異名をとったヤシンは、生涯で150本以上のPKを止め、ゴールライン上に留まらずペナルティエリア全体を支配する「現代型GK」の概念を一人で創り上げた。そのあまりに偉大な功績を称え、2019年からは最優秀GKに贈られる部門賞として「ヤシン・トロフィー」が創設されている。

また、純粋なセンターバックとして21世紀唯一の受賞者となったのが、2006年のファビオ・カンナバーロ(イタリア)である。身長175cmというDFとしては小柄な体格でありながら、驚異的な跳躍力と数秒先を見通すカバーリングで2006年ドイツ・ワールドカップの全7試合にフル出場。流れの中からの失点をわずかに抑え込み、主将としてイタリアを世界一へ導いた姿は、「守備こそが最高の芸術である」ことを世界中の記者に認めさせた。
近年でも、2019年にリヴァプールを欧州制覇へ導いたDFフィルジル・ファン・ダイクがリオネル・メッシにわずか7ポイント差まで肉薄し、2022年にはレアル・マドリードのGKティボ・クルトワがCL決勝で歴史的なセーブを連発して強烈な存在感を示した。そして2024年には、ゴールを量産するアタッカーではなく、中盤の底でゲームの心臓として君臨し続けた守備的MFのロドリ(スペイン)が受賞を果たすなど、審査基準の厳格化とともに「試合を支配する真の貢献度」を正当に評価しようとする潮流も確実に生まれている。
「完璧ではない」からこそ、フットボールは語り継がれる
それでも、毎年秋に受賞者が発表されるたび、世界中で賛否両論の嵐が巻き起こることは避けられない。

「三冠を達成しワールドカップ準優勝にも輝いた2010年のヴェスレイ・スナイデルや、スペインを世界一に導いたアンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデスはなぜ受賞できなかったのか」
「2013年のフランク・リベリや、2020年の開催中止を経たロベルト・レヴァンドフスキにこそ黄金の球がふさわしかったのではないか」
こうした議論が尽きないのは、審査基準の「第1基準(個人の爆発力)」と「第2基準(チームのタイトル)」のバランスをどう重み付けするかが、最終的に投票する100人の人間の価値観に委ねられているからだ。
圧倒的な個人技で観客を酔わせたアタッカーか、チームにすべてのタイトルをもたらした献身的な勝者か、あるいは90分間ピッチの秩序を支配し続けた司令塔か。フットボールには「誰が最も優れているか」を測る単一の計算式など存在しない。
「完璧ではない。だが、それがあるからこそ人々はフットボールを語り合う」
もしバロンドールが、AIや統計アルゴリズムによって機械的に弾き出された最高スコアの選手を表彰するだけの賞だったなら、これほどまでに世界中のファンが熱狂し、悔しがり、夜通し議論を交わすことはないだろう。
100か国のジャーナリストがそれぞれのフットボール観を懸けて投じる1票の集積。バロンドールとは、「今年のフットボール界は何を最も美しいと認めたのか」という問いに対する、時代ごとのひとつの答えなのである。
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