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靴工場からプレミアの頂点へ──ジェイミー・ヴァーディという物語

#Vardy#Leicester City#Premier League#England#秘話
ジェイミー・ヴァーディの写真

午前八時、シェフィールド近郊の工場に、ひとりの青年が出勤する。作業台に向かって、医療用の添え木を一本ずつ仕上げていく。そこでのキャリアの先に、プレミアリーグの頂点が待っていると考える者は、同僚にも、本人にもいなかった。

夕方になると、青年は作業着からスパイクに履き替え、8部相当のグラウンドへ向かう。観客席には数十人。勝っても負けても、翌朝にはまた同じ工場の門をくぐる。

ジェイミー・ヴァーディ。のちにレスター・シティを奇跡の優勝へ導き、世界中のストライカーが目標とする記録を塗り替える男の、始まりの風景である。ここでは、彼の人生を三つの転換点に分けて追う。ひとつは下積み、ひとつは頂点、そして最後のひとつは、頂点に立った者が見せた「選ばなかった道」だ。

朝の工場、夜のグラウンド

ヴァーディは1987年、シェフィールドに生まれた。地元の名門シェフィールド・ウェンズデイの下部組織に在籍していたが、16歳で放出される。プロへの扉は、あっけなく閉じた。

彼が向かったのは、イングランドの階層でいえば8部相当にあたるノンリーグのクラブ、ストックスブリッジ・パーク・スティールズだった。報酬はごくわずかで、生活を支えたのは工場での仕事だ。作っていたのは、医療用のカーボン製添え木。精密さと根気を求められる作業を、彼は毎日こなした。

転機にも、影は差した。2007年、20歳のとき、パブの外でのトラブルで暴行罪の有罪判決を受ける。科されたのは、足首に電子タグを装着する半年間の措置だった。夜間は外出を制限され、試合にも思うように出られない。サッカーを続けるには、あまりにも厳しい条件が揃っていた。

朝の工場では、作業台の上に細かなパーツが並ぶ。わずかな誤差が、使う人の身体への負担につながる仕事だった。丁寧さと粘り強さ。そこで身についた感覚は、のちにゴール前で一瞬の間合いを測る力へつながっていったのかもしれない。

夜の試合が終わると、ほかの選手たちは仲間と食事に向かう。ヴァーディには、門限という見えない壁があった。タグの電子音が、帰宅の時刻を告げる。着替えを急ぎ、泥のついたスパイクを袋に押し込み、家路を急ぐ。そんな夜が、半年のあいだ続いた。

それでも彼は、ピッチに立つことをやめなかった。ストックスブリッジでの4シーズンで、88試合に出場して40得点。数字だけを見れば平凡かもしれない。だが、工場の勤務と電子タグという二重の枷を抱えたまま積み上げた数字だと知れば、その重みは変わって見える。

一段ずつ、這い上がる

2010年、ヴァーディは1万5千ポンドの移籍金でFCハリファックス・タウンへ移る。ここでの1年は、37試合で25得点。ノンリーグの得点源として、名前が少しずつ知られはじめた時期だ。

ジェイミー・ヴァーディの写真

翌2011年にはフリートウッド・タウンへ。クラブはこの年、カンファレンス・プレミア(5部)を制してフットボールリーグ昇格を決め、ヴァーディはリーグ戦で31得点を挙げて得点王に輝く。守備陣の裏へ抜け出す速さと、止まることを知らない走り。ボールを追う姿は、観客の目に「走る人」として焼き付いた。

2012年5月、レスター・シティが獲得を発表する。移籍金は100万ポンド。ノンリーグのクラブからの移籍としては、当時の最高額だった。25歳で初めて踏むチャンピオンシップのピッチに、周囲は懐疑の目を向けた。ノンリーグ育ちの選手が、プロの速度についていけるのか。

答えは、時間をかけて示された。彼は走り続けた。ベンチに座る日があっても、練習で手を抜く日はなかった。2014年、レスターはチャンピオンシップを制してプレミアリーグへ昇格する。迎えた翌2014-15シーズンは、降格圏の底に沈みながら終盤に勝利を重ね、残留を決めた。「奇跡」という言葉が使われはじめたのは、実はこの春だった。ヴァーディの走りは、その物語の序章を確かに書き込んでいた。

5000倍の夏が来た

2015-16シーズン、プレミアリーグは異変に包まれていた。開幕前、優勝の可能性を5000分の1と評価されていたレスターが、首位を走り続けていたのだ。その中心にいたのが、28歳になったヴァーディだった。

2015年8月、ボーンマス戦で終盤にPKを決めたのを皮切りに、彼は得点を重ねていく。11月28日、マンチェスター・ユナイテッドとの1-1の引き分けで、彼は11試合連続ゴールを達成した。それまでの記録は、ルート・ファン・ニステルローイが2003年に残した10試合連続。12年間破られなかった数字が、8部相当のグラウンドから這い上がってきた男の足で更新されたのである。

この年、ヴァーディはリーグ戦で24ゴールを挙げ、プレミアリーグの年間最優秀選手に選ばれた。クラブ史上初のリーグ制覇は、巨額の資金で選手をかき集めたチームではなく、工場帰りの青年が率いた集団によって成し遂げられた。

優勝が決まった夜、スタジアム周辺は歌声に包まれた。誰よりも走り続けた背番号9の姿が、その歌のどこかにあった。かつて工場で添え木を磨いていた手が、プレミアリーグのトロフィーを掲げる列に加わっていた。この光景を、テレビの前で見つめていた人々は、どう受け止めたのだろう。自分たちと同じ地面から立ち上がった人間が、世界の中心に立っている。その事実こそが、あの優勝を特別なものにしていた。

ビッグクラブの扉を閉めた日

優勝の翌年、ヴァーディのもとへ大きな誘いが届く。2016年6月3日、アーセナルが契約解除条項を発動し、2200万ポンドを提示したのだ。

ジェイミー・ヴァーディの写真

ビッグクラブへの移籍。国内最高峰の舞台で、タイトルを狙い続ける日々。工場にいた頃の自分に伝えれば、きっと信じなかっただろう。

だが、ヴァーディは断った。レスターが条件を引き上げ、彼は4年契約への署名に同意する。金額の問題だけでは説明しきれない。自分を見つけてくれたクラブへ、返すべき恩があったのだろう。

翌2016-17シーズン、レスターはクラブ史上初めてチャンピオンズリーグの本戦に出場し、ベスト8まで勝ち進む。ヨーロッパの夜空の下でも、彼は変わらずに最終ラインの背中を睨み続けた。かつて数十人の観客の前で走っていた男が、数万人の歓声に包まれながら、同じ動きを繰り返す。変わったのは環境であり、走り方ではなかった。

その後も、彼は走り続けた。2019-20シーズンには23ゴールで得点王に輝く。33歳での戴冠は、プレミアリーグ史上最年長の記録だった。歳を重ねるほどに、ゴール前での嗅覚は研ぎ澄まされていった。

走り終えた背中

栄光のあとに訪れるのは、静かな時間である。ピッチの外で見せる彼は、気取らず、飾らない。工場の作業台で身につけたのは、完成品を雑に扱わない習慣だったのかもしれない。

ジェイミー・ヴァーディの写真

ヴァーディは2015年6月にイングランド代表デビューを果たし、2016年の欧州選手権と2018年のワールドカップに出場した。通算は26試合7得点。2018年8月には、自ら代表から身を引く決断を下している。

クラブでの時間は、それから7年続いた。2025年4月、彼は今季限りでの退団を表明する。5月18日、イプスウィッチ戦。レスターでの500試合目のピッチに立ち、クラブでの通算200ゴール目を記録した。スタンドは総立ちとなり、拍手は試合後もしばらく止まなかった。

ジェイミー・ヴァーディの写真

13年間。ノンリーグから来た男は、クラブの歴史のなかに自分の名前を深く刻んだ。2021年にクラブ史上初のFAカップ制覇を果たしたときも、その歴史の傍らには、いつも彼の走りがあった。

2025年9月、ヴァーディはイタリア・セリエAのクレモネーゼへ移籍した。38歳になっても、挑戦する場所を求めて海を渡る。その姿勢は、ノンリーグの時代から少しも変わっていない。足場がどこであっても、走り出す先は、いつも同じゴールだった。

放出も、有罪判決も、工場の日々も、彼の物語から取り除くことはできない。それらすべてが、あの11試合連続ゴールの一本一本に、目に見えない重みを与えていた。

彼が教えてくれるのは、遠回りの美しさである。8部相当の泥だらけのグラウンドで走っていたあの青年と、満員のキング・パワー・スタジアムで拍手を浴びた男は、同じ人間だった。違ったのは、走る場所だけだ。

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