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伝説の右足は努力で作られた──デイヴィッド・ベッカム、努力で掴んだ誇りと愛情

#David Beckham#秘話#Manchester United#Real Madrid#LA Galaxy#AC Milan#England#Alex Ferguson#Inter Miami
両腕を広げて雄叫びをあげ、ゴールを喜ぶ赤いユニフォームの選手

デイヴィッド・ベッカムは、1975年にロンドンで生まれたイングランド出身のミッドフィルダーである。マンチェスター・ユナイテッド、レアル・マドリード、LAギャラクシー、ACミラン、パリ・サンジェルマンと渡り歩き、イングランド代表では115キャップを重ねて、長く主将の腕章を巻いた。武器は、右足から放たれる精密なクロスとフリーキック。ファッションやハリウッド的な華やかさで語られることの多い人物だが、サッカー界での評価は、そのイメージとは少し違う場所にある。

キャプテンマークをつけた、「ENGLAND 7」の白いユニフォームの選手の顔写真

速さや突破で相手を抜き去るタイプではない。右足一本でゲームを作る職人であり、その右足は、天賦の才ではなく積み重ねによって磨かれたものだった。引退後はインテル・マイアミCFの共同オーナーとして、メッシらスター選手を迎え入れ、いまもフットボールの中心に立ち続けている。

右足が長くなった、という都市伝説

そんなベッカムには、少し不思議な逸話がある。「練習をしすぎて、右足が左足より長くなった」という話である。

出どころははっきりしない。レアル・マドリード時代のメディカルチェックで、右足の筋肉や骨格が左より発達しているという分析が出た、と語られることがあるが、誇張が重なって広まった可能性が高い。

医師が、ベッドに座る選手の脚を診察している

医学的に考えれば、筋肉の発達に左右差は生まれても、骨格そのものが長くなることはまずあり得ない。それでも、この話が20年以上も語り継がれているのは、そこに説得力があるからだろう。右足だけが別の生き物のように見えるほど、ベッカムは同じ動作を繰り返してきた。誰もがそう信じたくなる量の練習を、積み重ねていたのである。

練習の鬼が居残る、日没後のピッチ

逸話の真偽はともかく、ベッカムが練習の鬼だったことは疑いようがない。マンチェスター・ユナイテッドのユースに入った10代の頃から、全体練習が終わったあとも、ひとりピッチに残ってボールを蹴り続けた。コーナーキック、フリーキック、ロングパス。同じ場所に、同じ軌道で、何十本も蹴り込む。

芝生に座り込み、視線をそらす練習着姿の若い選手

1996年8月、セルハースト・パークで、ハーフウェイラインの手前からゴールを射抜いた一撃は、その延長線上にあった。ボールが空を渡る瞬間だけを見れば、閃きに見える。しかし、閃きを支えていたのは、日が傾いたあとの静かなピッチで過ごした時間だった。

レアル・マドリードへ移った後も、スペイン語とプレースキックの精度の習得に力を注いだ。LAギャラクシー移籍後は、キャリア後期でも衰えを防ぐために、徹底したフィジカルトレーニングを続けている。名刺代わりの右足は、環境が変わっても、練習の習慣だけは手放さなかった者の結晶だった。

1999年のチャンピオンズリーグ決勝は、その成果が最も劇的な形で現れた夜だった。バイエルン・ミュンヘンに0対1とリードされたまま、試合はアディショナルタイムに入る。そこから、ユナイテッドは2点を奪って逆転した。どちらのゴールも、起点はベッカムの右足から蹴り込まれたコーナーキックである。精度は、気合や偶然では生まれない。何千本と蹴り込んだ軌道の記憶が、極限の場面で体を動かしたのだった。

名手たちが語る「努力の天才」

同じピッチに立った者たちの言葉にも、その姿は刻まれている。以下の発言は、各種インタビューや報道を通じて伝えられてきたものである。

ユナイテッドのレジェンド、エリック・カントナは、若きベッカムのクロスを「金を払う価値がある」と評したとされる。

赤いユニフォームの2人の選手が肩を組み、笑顔で喜び合っている

「彼のクロスには、金を払う価値がある」

盟友ライアン・ギグスは、練習後のロッカールームの光景を語っている。

赤いユニフォームの2人の選手が抱き合って喜んでいる

「僕らがロッカールームに戻っても、ベッカムはまだピッチに残ってボールを蹴っていた」

華やかな姿の裏にある努力家の顔を、最も近くで見ていた人物の言葉である。そして、名将アレックス・ファーガソンは、ベッカムを「生まれつきの天才ではなく、練習で天才になった男」と評したと伝えられる。

「BECKHAM 7」の赤いユニフォームの選手に、紺のコート姿の男性が話しかけている

「ベッカムは生まれつきの天才ではない。練習で天才になった男だ」

厳格な指揮官にそう言わせることは、簡単ではない。レアル・マドリードでともにプレーしたジネディーヌ・ジダンも、ベッカムの職人ぶりを称えた。

レンガの壁の前で、サッカースパイクを手にしたスポーツウェア姿の2人の男性が寄りかかっている

「デイヴィッドは、信じられないほどの職人だ。すべてを練習で手に入れた」

LAギャラクシーで同僚となったズラタン・イブラヒモヴィッチは、いかにもこの人らしい皮肉を込めて驚いてみせた。

青いユニフォームの選手が、別の選手に飛びついて抱きつき、喜んでいる

「ベッカムの右足には、GPSが入っているんだろう?」

93分の右足が、すべてを覆した

その右足が、国の運命を変えた夜がある。2001年10月6日、オールド・トラフォード。2002年日韓ワールドカップの出場権をかけたギリシャ戦で、イングランドは1対2とリードを許していた。

アディショナルタイムに入り、ゴール前のやや遠い位置でフリーキックを得る。決めれば英雄、外せば戦犯。蹴る前のベッカムの肩には、3年前の記憶が重くのしかかっていたはずである。1998年のワールドカップ、アルゼンチン戦で、シメオネへの報復行為によって退場処分を受け、チームの敗退の引き金を引いた選手として、長く批判にさらされてきた。

新聞の見出しは容赦なく、ロンドンのパブの前には、ベッカムを模した人形が吊るされたとも伝えられる。その空気を背負ったまま、彼は再び、ボールの前に立っていた。

助走、そして一閃。ボールは壁の上を越え、ゴール左上へ吸い込まれた。2対2。イングランドは、この一撃でワールドカップへの切符をつかんだ。

翌2002年のワールドカップでは、グループステージでアルゼンチンと再戦した。ベッカムが決めたPKが決勝点となり、4年越しの因縁に決着をつけた。

国内の批判を、たった一本のフリーキックで称賛へと変えたこの場面を、ベッカムの最高の瞬間に挙げる者は少なくない。そこに至るまでの練習の日々を知っていれば、あの軌道が偶然ではないことが、はっきり見えてくる。

敵として帰った夜、オールド・トラフォードが送った拍手

ベッカムは、華やかな移籍や世界的な名声ゆえに、しばしば「スター選手」のイメージで語られる。しかし、オールド・トラフォードのサポーターにとって、彼は単なるスターではなかった。努力で這い上がった、クラブの象徴であり、若き日の誇りだった。

2010年3月10日、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦。ACミランの選手として、ベッカムは古巣のピッチへ戻った。後半19分に途中出場すると、スタジアムは総立ちの拍手で迎えた。ユナイテッドは4対0で勝利を収めたが、試合後、最後までピッチに残ったのはベッカムで、四方のスタンドに向かって手を挙げ続けた。試合後、「感動的な夜だった」と語っている。

敵となった元エースに向けて、スタンドから惜しみない拍手とチャントが送られた。それは、ベッカムがサポーターにどれほど深く愛され、いまも心の中に生き続けているかを物語る瞬間だった。

伝説の右足は、偶然では生まれない

ベッカムの代名詞である右足は、才能だけでは作られなかった。それは、数え切れない練習の時間と、名手たちの証言と、サポーターの拍手、そして彼自身の誇りが重なって生まれたものである。

ピンクのインテル・マイアミのユニフォームを着た選手と、紺のスーツ姿の男性が並ぶ。背後にクラブのエンブレム

引退後はビジネスや慈善活動にも活動の場を広げ、「サッカーの枠を超えたアイコン」として、いまも世界に影響を与えている。しかし、その名声の出発点は、いつも変わらない。誰もいなくなった夕暮れのピッチで、ひとり、同じ軌道を蹴り続けた少年の姿である。

次にベッカムのクロスやフリーキックを目にするときは、あの弧を描くボールの後ろに隠れた、血と汗と努力の物語を思い出したい。

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