FANTAHOLIC

美しくなければ、Footballじゃない

「貴婦人」と呼ばれる理由──ユヴェントスが紡ぐ伝統と美学、そして10番の系譜

トリノの地に君臨する白と黒のクラブ、ユヴェントス
愛称は数あれど、世界中のサッカーファンにもっとも優雅な響きを与えるのが

「La Vecchia Signora(ラ・ヴェッキア・シニョーラ)」


直訳すれば「老貴婦人」。
なぜサッカークラブに、こんな気品あふれる異名が付けられたのか。
そこには、イタリア文化とクラブの歩んできた歴史が溶け合った物語がある。

起源──学生クラブからイタリアの象徴へ

1897年、トリノの若き学生たちが、放課後の校庭でサッカーボールを蹴ったことからユヴェントスの物語は始まった。


「Juventus」という名はラテン語で「青春」を意味する。
当初はアマチュアクラブとして、ユニフォームも今の白黒ではなくピンクだった。

20世紀初頭、資金面の支援を受けたクラブは急成長を遂げ、1920年代にはすでに国内屈指の強豪へと変貌していた。
その勢いはやがて国内にとどまらず、国際舞台でも名を轟かせる。

「青春」を意味するクラブ名とは裏腹に、ユヴェントスは経験と風格を積み重ね、イタリアを代表する“大人”のクラブへと成熟していった。

呼称の誕生──「老貴婦人」という愛称

「La Vecchia Signora」という呼称が広まったのは1970年代のこと。
イタリアメディアやファンの間で、いつしかこの異名が自然と使われるようになった。

「Vecchia(老い)」は、単なる年齢の高さではなく、長年の歴史や伝統を讃える言葉として使われていた。

そして「Signora(貴婦人)」は、優雅さと威厳を併せ持つ女性への敬称。
それらを組み合わせた「老貴婦人」という響きは、百年近い歴史を誇るユヴェントスの存在感を見事に表現していた。

さらに、この愛称には少しユーモラスな裏話もある。
イタリア語ではサッカークラブの名前は多くが男性形で扱われるが、ユヴェントスはラテン語由来の女性名詞。
それを踏まえ、「Signora」という女性的な敬称を付けることが、ファンや記者の遊び心をくすぐったのだ。

白黒のエレガンス──見た目が放つ気品

1903年、ユヴェントスはユニフォームをピンクから現在の白黒ストライプに変更した。
このデザインのきっかけは、当時のユニフォームが洗濯を繰り返すうちに色あせてしまい、より丈夫な布地を求めてイングランドのノッツ・カウンティから譲り受けたことに始まる。

白は純潔、誠実、そしてフェアプレー精神。
黒は力強さ、決意、そして揺るぎない意志。
二色が織りなすコントラストは、まるで舞踏会の夜会服のようにエレガントで、ピッチで舞う選手たちを“貴婦人”に見立てることもできる。

文化的背景──イタリアにおける「Signora」のニュアンス

イタリア語の「Signora」は単なる“婦人”ではない。
社交界やビジネスの場で使われる場合、それは最大限の敬意と気品を伴った呼びかけだ。
誰もがその存在感を認め、振る舞いに品格を感じる人物にしか用いられない。

このニュアンスを踏まえると、「老貴婦人」という呼称は単に年を重ねた存在ではなく、伝統と品格を守り続ける存在としての賛辞であることが分かる。
サッカーという激しい競技の世界にあっても、ユヴェントスはどこか優雅で、格式を感じさせるクラブであり続けた。

10番の系譜──“貴婦人”を彩るファンタジスタたち

ユヴェントスの歴史を語るうえで欠かせないのが、背番号10を背負ってきたファンタジスタの存在だ。
ボニペルティ、プラティニ、バッジョ、デル・ピエロ、ディバラ──。
彼らは技術だけでなく、観客の心を掴み、試合に物語を与える特別な才能を持っていた。

この「10番」の役割は、単なるエースナンバーではない。
それは、“貴婦人”の舞踏会で最も華やかに踊るパートナーのような存在であり、クラブの美学を最前線で体現する役割でもあった。

強さと優雅さを両立した時代

ユヴェントスは、勝利のための現実主義と、美しさを追求する理想主義を両立させてきた。
トラパットーニ監督の時代には堅守速攻を磨き、リッピ監督の黄金期には攻撃的な魅力も加わった。
その中心にいたデル・ピエロは、しなやかなドリブル、正確無比なフリーキック、そして試合を決定づける一撃で“貴婦人”の舞を完成させた。

彼のプレーは、勝利と美しさを同時に叶えるユヴェントスの哲学そのものであり、10番という背番号の価値をさらに高めた。

老いてなお、美しく──10番が紡ぐ“貴婦人”の未来

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時代は変わり、選手も監督も移り変わる。
しかし、ユヴェントスが大切にしてきた「勝利への執念」と「気品ある立ち居振る舞い」は決して色あせない。

その象徴こそ、背番号10を背負ったファンタジスタたちだ。
ボニペルティ、プラティニ、バッジョ、デル・ピエロ、ディバラ──。
彼らは、ただ試合に勝利をもたらすだけでなく、観客を魅了し、クラブの白黒に色彩を加えてきた。

そして今、その系譜を受け継ごうとしている若き才能がいる。
ケナン・ユルディズ──新たな時代の到来を告げるかのように、自由で創造的なプレーでピッチを駆ける19歳。

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この“貴婦人”の背番号10を継いだ彼が、物語の続きを紡いでくれることを願わずにはいられない。

白黒の舞は終わらない。
老いてなお、美しい──それが、ユヴェントスという“貴婦人”の未来なのだ。